2011 年 7 月のアーカイブ

損失を被る人もいるへのパーマリンク

2011 年 7 月 28 日 木曜日

もうかなり前のことですが、競馬予想がしょっちゅう当たる時期があって、それに便乗した形で競馬予想ブログを開設したことがあります。
やると決めたらとことんやらないと気がすまない性質なので、ブログ開設以来、競馬新聞や競馬ブックにも手をつけるようになりました。
ユーザーがいるということで、G3関屋記念にも自信がもてるようになり、ネット上で広く名を知らしめるために努力したものです。
しかし半年も経つと、そろそろ限界点に立たされました。
いくら必死にがんばっても、儲けは有料予想会社の10分の1以下で、辛うじて黒字ならいいものの、赤字のマイナスが続いた時期は本当にブログの継続が嫌になりました。
今まで楽しくやってきたブログ運営も、それが一変して苦痛を感じるようになりました。
原因として挙げられるのがユーザーの存在です。
ブログに訪れて読んでくれるのはとても感謝ですが、中には、予想を信用して損した!とか、いい加減な予想をするな!などなど、誹謗中傷が後を絶たない時期も。
黒字を大確信してブログをオープンさせた自分にも落ち度はあるでしょうが、こちらとしては自らかき集めた情報を分析して、それを無償提供しているのですから、非難を被るのはどうかと思います。
競馬予想もビジネスの世界、これで利益を上げる人もいれば損失を被る人もいるということを痛感させられました。

相性のいい予想屋へのパーマリンク

2011 年 7 月 27 日 水曜日

南関東競馬の4関屋記念場、つまり大井、船橋、川崎、浦和競馬場ですが、共通して予想屋の存在があります。
これは中央競馬では見られません。
1日の全レースの競馬予想が2千円で購入できるのですが、競馬予想はレースの直前に切り分けられた藁半紙に判子で数字を押してもらうというスタイルとなっています。
1レース毎に予想屋がパドックを確認し、競走馬の状態を把握してから買い目を決定するという実に本格派な競馬予想となっています。
中央競馬専門の競馬ファンでも、予想屋を利用する価値は十分にあります。
地方競馬では、格付けと呼ばれる詳細なクラス分けが行われていて、競走馬の実力を正確に分かっていないと馬券を勝ち取ることは困難です。
さらに、賞金が低額という事もあり、同じ競走馬の出走頻度が多いので、その時点での競走馬の状態を把握できるかが馬券の勝率を左右します。
競走馬の何を確認したのか?といった事を明確に説明する予想屋も存在しますし、レース展開や過去の実績について詳細な情報を提供する予想屋も存在します。
この予想屋の話は興味深い、そう感じればその予想屋があなたにとって相性のいい予想屋です。
競馬新聞だけに依存するのではなく、予想屋の競馬予想にもよく耳を傾けてみましょう。
時間に余裕があるのであれば同じ予想屋を何日にもまたいで利用するのもお勧めです。
ちょっとした予想家や第47回函館2歳S予想新聞などの情報よりも断然役に立ちますし、自分の予想力の向上も期待できます。
住まいが関東で、中央競馬にしか足を運んだ事がない方であれば、自分の北九州記念予想の腕を鍛えるためにも南関東競馬の予想屋から刺激を受けるのも一つの手段かもしれません。

馬券的には難しいクラスへのパーマリンク

2011 年 7 月 15 日 金曜日

1000万下クラスの条件馬は、実力的には中堅クラスというところで、このクラスに長くとどまっている馬達の実力はかなり接近していると言って良いと思います。
つまり、レース当日の条件一つで着順も入れ替わってくることが考えられますので、馬券的には難しいクラスと言えるでしょう。
ただし、この中堅クラスの競馬では持ち時計というものが重要な能力の物差しになっているということは知っておかなければいけません。
例えば、芝1400mで何回か出走経験のある馬が、1分22秒を切る実績が無い場合はこのクラスで上位争いをすることが難しくなってくる、といった具合です。
もちろん条件がハマればそれでも馬券に絡んでくる事はありますが、コースや距離ごとの基準タイムを把握しておけばある程度の取捨選択が簡単に出来るということですから、馬券の検討もスムーズになってくるでしょう。
その上で各馬の好走条件等をチキンとキャッチできれば、オイシイ馬券をいただきやすいというのもこのクラスの特徴なのです。
また、1000万下クラスはレースプログラム上最終12レースに組まれていることが多いのもポイントです。
せっかくメインレースで良い馬券をゲットしたら、最終レースもしっかりと当てて晴れやかな気持ちで競馬場を後にしたいものです。
そのためにも1000万下クラスの攻略は必要不可欠ですから、冷静に検討したいものです。
みんなが第15回マーキュリーカップの余韻でヒートアップしている中では、当たり前の馬券が結構ありがたい配当になることもあるんですよね。

上流階級の道楽へのパーマリンク

2011 年 7 月 5 日 火曜日

競馬というのは紀元前12世紀頃には古代ギリシャで行われていたようです。
そして古代ギリシャからヨーロッパ全域に競馬が広まるようになります。
では日本の場合は競馬の歴史はどのようになっているのでしょうか?
現在のところ文献で競馬のような催し物が確認されているのは平安時代頃となっています。
しかもその当時から競馬と書かれているのですから驚きです。
ただし競馬と書いていても当時は「くらべうま」という読み方だったようです。
当時は貴族が一番地位を持っていたので、この頃は庶民の競技ではなく貴族の楽しみの一つとして開催されていたようです。
そして現在のような競馬のスタイルが日本で形成されるようになったのは江戸時代の末期といわれています。
当時は鎖国政策が廃止され開国をするようになり、欧米文化が日本に伝来するようになっていたのですが、この時に現在の競馬のスタイルも伝来したようです。
幕末に外国人の居住区が作られたのですがこの時に欧米人によって居住区に競馬場が作られました。
作られた当時は外国人だけがこの競馬場で競馬を楽しんでいたのですが、外国人の居住区というのは日本での法律が及ばない治外法権となっていたため、日本人で賭博をするために居住区で競馬で賭けをしていた人が多かったようです。
かなりの金額がつぎ込まれていたことから幕府も資金を得るために、幕府直営の競馬場を横浜に作ります。
そして江戸幕府は倒され、明治政府が樹立をしてからさらに日本に欧米文化が流れてくることになります。
そして全国に競馬場が作られるようになり、一般大衆でも競馬という文化が浸透することになったのです。
ただ競馬というのはイギリスなどでは貴族や王族の道楽というイメージが強かったため、日本の競馬というのも貴族などといった上流階級の道楽として活用されていたケースが多かったようです。